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【Will&Nexus 04/49】判断を狂わせているのは、能力じゃなく「余裕」だ。

2026 2/19
Will&Nexus
2026-02-182026-02-19
Keisuke Ishino
目次

頭ではわかっていたのに

ある時期、僕は明らかに追い込まれていた。

事業の責任者として、朝から晩まで走り続けていた。やるべきことは際限なくあった。組織の課題も見えていたし、打つべき手もわかっていた。でも、身体がついてこなかった。

肩が常に固まっていた。眠りが浅くなった。週末にも仕事のことが頭から離れない。「大丈夫か?」と聞かれるたびに、「大丈夫です」と答えていた。大丈夫じゃないことは、自分が一番わかっていた。

あの時期の僕の判断は、振り返ると精度が落ちていた。人への対応が雑になっていた。普段なら一歩引いて構造を診るべき場面で、表面的な対処に走っていた。

頭の中には「正しい判断」があった。でも、それを実行するリソースが枯渇していた。

ガソリンが空になった車は、ナビがどれだけ正確でも、目的地にはたどり着けない。


余裕は「贅沢品」ではない

「余裕」という言葉に、どんな印象を持っているだろうか。

「余裕がある人はいいよね」「余裕なんて持てる状況じゃない」「余裕を求めるのは甘えだ」。

真面目な人ほど、余裕を「贅沢品」だと思っている。時間の余裕も、体力の余裕も、お金の余裕も。それは「余った分」であって、まず仕事を全力でやってから、余ったら手に入るものだ、と。

でも、これは順序が逆だ。

余裕は、まともな判断をするための前提条件だ。贅沢品ではなく、インフラだ。

道路がインフラであるように。電気がインフラであるように。それがなければ日常生活が回らないもの。余裕とは、そういう類のものだ。


余裕が欠けると何が起きるか

余裕がなくなったとき、人に何が起きるか。

① 視野が狭くなる

心理学で「トンネルビジョン」と呼ばれる現象がある。ストレスや疲労が蓄積すると、人の注意はどんどん狭くなる。目の前の緊急事態だけが見えて、全体像が消える。

センターピン思考[※1]は、全体を見渡して最もインパクトのある一点を狙う技術だ。でも、余裕がないと全体を見渡すこと自体ができない。目の前で燃えている火を消すことだけに追われる。消火は終わらない。なぜなら、根っこの原因に手が届いていないからだ。

② 判断の精度が落ちる

疲れているときに書いたメール。余裕がないときに出した指示。後から見返して「なんでこんな判断をしたんだろう」と思ったことは、多くの人にあるのではないか。

判断は、脳のリソースを使う作業だ。リソースが枯渇した状態で判断を繰り返すと、精度は確実に落ちる。落ちた判断が新たな問題を生み、その問題に対処するためにまたリソースが消耗する。負のスパイラルだ。

③ 感情のバッファがなくなる

余裕があるときは、ちょっとしたトラブルも「まぁ、こういうこともあるか」と受け止められる。でも、余裕がないとき、同じトラブルが致命傷に感じる。部下のミスに激しく反応する。上司の一言でひどく落ち込む。

これは性格の問題ではない。バッファがないだけだ。パソコンのメモリが足りなくなると、小さな処理でもフリーズする。人間も同じだ。


お金と健康を「不純」だと思う罠

ここで、一つ厄介な思い込みについて触れたい。

「お金や健康のことばかり気にするのは、不純ではないか」。

とくに、仕事に情熱を持っている人ほど、こう感じやすい。「自分のやりたいことがある。お金は後からついてくる」「身体を気にしていたら、やりたいことに全力を注げない」。

気持ちはわかる。お金のために本来やりたくないことをやるのは、本末転倒だ。

でも、ここで考えてみてほしい。

お金の余裕がなくなると、何が起きるか。「お金のために」判断を曲げざるを得なくなる。

本当はやりたくない仕事を引き受ける。本当は合わない環境にいるのに、辞められない。転職したいのに、生活費のことを考えると動けない。

つまり、お金の余裕がないことこそが、「お金のために生きる」状態を作っているのだ。

健康も同じだ。身体を壊してから「健康が大事だ」と気づく人は多い。でも、壊れてから取り戻すのは、壊れる前に維持するよりずっと大きなコストがかかる。

お金と健康は、自分のWill(内なるエネルギー)を守るための防衛装置だ。それを整えることは不純でも贅沢でもない。自分の意志を貫くために、最も合理的な行動だ。


余裕を「設計」する

では、余裕はどうやって手に入れるのか。

ここで安易に「毎朝ジョギングしましょう」「家計簿をつけましょう」と言いたいわけではない。具体的な方法は、人によって状況が違う。

大事なのは、余裕を「結果」ではなく「設計対象」として扱うことだ。

多くの人は、余裕を「仕事がうまくいった結果手に入るもの」だと思っている。頑張った先に余裕がある、と。でも、これでは永遠に余裕は手に入らない。頑張れば頑張るほど、新しい仕事が積まれるからだ。

設計者のアプローチは逆だ。まず余裕を確保して、そこから仕事を積む。

飛行機の設計[※2]と同じだ。自分の翼で飛ぼうとするのではなく、飛ぶための仕組みを造る。余裕も同じで、意志の力で「余裕を持とう」と思っても持てない。余裕が生まれる構造を先に造る必要がある。

いくつか例を挙げてみる。

時間の余裕: 「やるべきこと」のリストを、「やるべきこと」と「やらなくてもいいこと」に分解する[※3]。驚くことに、「やるべき」と思い込んでいたことの何割かは、やらなくても何も起きない。

身体の余裕: 「時間ができたら運動する」ではなく、「毎朝15分だけ歩く」を予定に入れてしまう。重要なのは量ではなく、構造化すること。

お金の余裕: 「収入が増えたら貯金する」ではなく、「まず一定額を先に移して、残りで生活する」。これも構造だ。

どれも、意志の力に頼っていない。仕組みで余裕を守っている。


「余裕がない」は、構造のバグ報告

記事02[※4]で、「動けない自分」を自分へのバグ報告として受け取ることを書いた[※4]。

「余裕がない」もまた、バグ報告だ。

余裕がないとき、「もっと頑張ればなんとかなる」と思いがちだ。でも、それは「フリーズしているパソコンに、もっと仕事を投げ込む」ようなものだ。

フリーズの原因は、パソコンがダメだからではない。メモリの使い方に問題がある。不要なプロセスが走りすぎている。そこを直さない限り、パソコンは何度でもフリーズする。

自分が「余裕がない」と感じたら、それは「今の構造にバグがある」というシグナルだ。

何が余裕を奪っているのか。分解してみる。時間なのか。体力なのか。お金なのか。人間関係のストレスなのか。そして、その原因は構造的に解消できないか。

バグ報告を無視して走り続けると、いつかシステムがダウンする。僕は身をもってそれを知った。


自分を守ることは、周囲を守ることだ

「でも、余裕を確保するために何かを手放したら、チームに迷惑がかかる」。

そう思う人は多いと思う。真面目な人ほど、そう思う。

記事01[※5]で、酸素マスクの話を書いた[※5]。まず自分につけてから、隣の人を助ける。それが合理的な設計だ。

余裕も同じ構造だ。

余裕のないマネージャーの下で働く部下は、不安を感じる。余裕のない同僚と仕事をするチームは、ピリピリする。余裕のない判断者が出す指示は、現場を混乱させる。

つまり、あなたの余裕は、あなた一人のためのものではない。あなたの周囲の環境を安定させるインフラでもある。

自分の余裕を守ることに罪悪感を覚える必要はない。むしろ、余裕を守ることこそが、設計者としての最初の責任だ。


インフラを整えてから、設計に入る

このシリーズでは、記事05[※2]から「設計者」としての考え方に入っていく。構造を見抜き、書き換え、周囲の環境をデザインしていく話だ。

でも、その前にここで立ち止まりたかった。

設計者がまともな設計をするためには、設計者自身のインフラが整っている必要がある。頭がクリアであること。感情のバッファがあること。判断を歪めるプレッシャーから自由であること。

余裕は贅沢品ではない。設計者にとっての防衛装置だ。

それを整えることは、甘えではない。自分のWillを守り、まともな判断を下し続けるための、最も基本的な構造設計だ。

まず、自分のインフラを点検してほしい。身体は動くか。頭はクリアか。お金の心配に判断が引っ張られていないか。

もしどこかに不安があるなら、それを「設計すべき最初の構造」として扱ってほしい。

設計者は、まず自分というシステムを安定させるところから始める。


関連記事

  • [※1] 【Will&Nexus 20/49】100の課題を解くな。1つだけ倒せ。
  • [※2] 【Will&Nexus 05/49】ペンギンは、空を飛ばなくていい。
  • [※3] 【Will&Nexus 16/49】「わかる」とは「分ける」こと。
  • [※4] 【Will&Nexus 02/49】「わかっているのに動けない」は、あなたのせいじゃない。
  • [※5] 【Will&Nexus 01/49】「自分を後回し」にしていませんか。
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この記事を書いた人

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石野 敬祐(Keisuke Ishino)
経営と人事の「かかりつけ医」/ Will&Nexus 代表

外資系コンサルからキャリアをスタートし、IT・業務改革コンサル、人事・組織コンサル、事業会社の人事責任者を経て独立。組織の問題のほとんどは領域の境界線にある——その確信から、経営・人事・業務・ITを横断しながら「センターピン(本当に倒すべき一手)」を見極める仕事をしている。

視界を失いかけた経験、長い介護の日々、自分のとらわれへの気づき——そうした経験が、見立ての精度と、誠実に関わるという姿勢をつくってきた。

趣味は一つに絞れない。歌、写真、ゲーム、麻雀、ボクササイズ……その時々の興味に引っ張られて、何がメインかは常に変わる。飽き性というより、好奇心が次の扉を先に開けてしまうタイプらしい。どんな領域でも「なぜこれはこう機能するのか」と考えてしまう癖は、仕事と地続きだと思っている。

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