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【Will&Nexus 11/49】なぜあの人が昇進して、自分じゃないのか。

2026 2/19
Will&Nexus
2026-02-182026-02-19
Keisuke Ishino
目次

なぜあの人が昇進して、自分がしないのか

若い頃、あるプロジェクトでの話だ。

同じ現場で働いていた人がいた。正直に言えば、顧客からの信頼は僕の方が得られていたと思う。上司もそう感じていたようで、評価結果に首を傾げてくれていた。

理由は、現場の外にあった。途中で組織の構造が変わり、僕とその人は別々の評価ラインに組み込まれていた。その人の評価者は現場の情報を持っていたが、僕の評価者は僕の仕事を十分に見ていなかった。

見えていない人は、評価のしようがない。

このとき強烈に感じたのは、評価が「本人の能力」ではなく「情報の流れ方」によって左右されるという現実だった。それ以来、「評価ってなんなんだ」という問いが、ずっとついて回ることになる。


霧の中で働いている

組織の中にいて、こんな感覚を持ったことはないだろうか。

「自分の仕事が、全体の中でどういう意味を持っているのかわからない」。「隣の部署が何をしているのか見えない」。「上が何を考えているのか伝わってこない」。

霧の中を歩いているような感覚。方向は合っているのか。このまま進んでいいのか。隣にいるはずの仲間は、本当にそこにいるのか。

この「見えない」という状態が、組織の中で起きている問題の、驚くほど多くの根っこにある。僕自身、評価の理不尽さを通じて、それを身をもって知った。


なぜ人は「認められたい」と思うのか

「承認欲求」という言葉がある。

認められたい。褒められたい。自分の存在を確認したい。最近では、この欲求が強すぎることを「承認欲求が強い」と批判的に語る場面も多い。

でも、僕はこの欲求自体を否定する気はない。むしろ、承認欲求は「結果」であって「原因」ではないと考えている。

なぜ人は「認められたい」と強く思うのか。

答えはシンプルだ。自分の立ち位置が見えないからだ。

自分の仕事がどう評価されているのかわからない。自分がこのチームに必要とされているのかわからない。自分の貢献が、全体にとってどれほどの価値を持っているのかわからない。

見えないから、不安になる。不安だから、外部のシグナル――つまり「褒められること」「認められること」――で自分の位置を確認しようとする。

これは、性格の問題ではない。情報が見えない環境に置かれた人間の、きわめて合理的な反応だ。


情報の非対称性とは何か

経済学に、「情報の非対称性」という概念がある。

取引の当事者間で、持っている情報に偏りがある状態のことだ。中古車を買うとき、売り手は車の状態を知っているが、買い手には見えない。この情報の偏りが、不信感や疑心暗鬼を生む。

組織の中でも、同じことが起きている。

経営層は全体の方針を知っている。でも現場には降りてこない。マネージャーは評価基準を持っている。でもメンバーには共有されていない。隣のチームは別のプロジェクトを進めている。でも、こちらからは何をしているのか見えない。

情報を持っている側には、問題が見えない。 なぜなら、自分は見えているから。

情報を持っていない側には、問題が見え過ぎる。 なぜなら、見えないこと自体が恐怖だから。

この非対称性が、組織の中に「霧」を生み出す。


霧が生む三つの症状

情報の非対称性が組織に定着すると、特徴的な症状が現れる。

① 疑心暗鬼

見えないものは、想像で埋めるしかない。そして、人間の想像は、たいてい悪い方向に膨らむ。「上は何か隠しているのではないか」「あのチームだけ優遇されているのではないか」「自分は切られるのではないか」。

実際にはそんな意図がなくても、情報が見えないだけで、人は最悪のシナリオを想定する。これは生存本能だ。見えない脅威に対しては、楽観するよりも悲観する方が生き延びやすい。組織はサバンナではないが、脳はそう区別してくれない。

② 過剰な自己アピール

情報が見えない環境では、「自分の存在を示すこと」がサバイバル戦略になる。成果を大きく見せる。会議で目立つ発言をする。上司の前では張り切る。

これを「承認欲求が強い」と片付けるのは簡単だ。でも、自分の貢献が見えている環境なら、わざわざアピールする必要はない。アピールが増えているのは、本人の性格ではなく、情報の構造に問題がある可能性が高い。

③ 防衛的な行動

見えない環境では、人は自分のテリトリーを守ることに意識が向く。新しいことに挑戦するより、今の立場を守ることが優先される。情報を囲い込む。自分の領域に他人が入ってくることを嫌がる。

いわゆる「セクショナリズム」や「縄張り意識」と呼ばれるものだ。これも、悪意ではない。見えない環境で自分を守るための、合理的な行動だ。


「あの人が悪い」は、たいてい構造の問題

ここで注意してほしいことがある。

組織の問題が起きたとき、人は「犯人」を探したくなる。「あの上司が悪い」「あの部署が非協力的だ」「経営層が現場を見ていない」。

たしかに、特定の個人に問題がある場合もある。でも、多くの場合、個人が「悪く見える」のは、情報の非対称性が生んだ霧のせいだ。

上司が情報を共有しないのは、本人が隠しているのではなく、「共有する仕組み」がないからかもしれない。隣の部署が非協力的に見えるのは、相手に悪意があるのではなく、「お互いの仕事が見えていない」だけかもしれない。

設計者のスタンスは、ここでも同じだ[※1]。人を責める前に、構造を診る。 「あの人が悪い」と感じたとき、まず「この人にはどんな情報が見えていて、どんな情報が見えていないのか」を確認する。

情報の地図を描いてみると、「悪人」が消えることは少なくない。


見えるようにするだけで、変わること

情報の非対称性は、構造の問題だ。つまり、構造を変えれば解消できる。

そして、ここが重要なのだが、情報を「見えるようにする」だけで、驚くほど多くの問題が消える。

たとえば、チーム全体のタスクが一覧できるだけで、「あの人はサボっている」という疑念が消える。各自の負荷が見えるからだ。

たとえば、評価の基準が明文化されているだけで、「なぜあの人が昇進したのか」というモヤモヤが減る。基準が見えれば、納得するか、基準自体に異論を唱えるか、どちらかの行動が取れる。見えないから、モヤモヤが永遠に続く。

たとえば、経営の方針とその背景が共有されているだけで、「上は現場をわかっていない」という不信感が和らぐ。方針に納得できなくても、「なぜそう判断したのか」が見えれば、対話の出発点ができる。

これは、精神論ではない。「もっと信頼し合おう」と言っているのではない。見える構造を作れば、信頼は勝手に生まれると言っているのだ。


「透明性」は万能ではない

ただし、一つだけ注意がある。

「じゃあ全部オープンにすればいい」と言いたくなるが、そう単純でもない。

情報をただ大量に流しても、受け取る側が処理できなければ意味がない。むしろ、情報過多が新たな霧を生むこともある。何が重要で何が重要でないかがわからなくなるからだ。

大事なのは、「何を見えるようにすれば、誰の不安が解消されるか」を設計することだ。

全部を見せるのではない。「この情報が見えないから、この不安が生まれている」という因果関係を特定して、必要な情報を、必要な人に、必要なタイミングで届ける。それが情報の非対称性に対する「設計」だ。

ここでも、分解の技術が活きる[※2]。「組織の風通しが悪い」という塊を、「誰が」「何の情報を」「なぜ持っていないのか」に分解する。そうすれば、打ち手が見える。


霧を晴らす側に回る

組織の中で「なんとなく居心地が悪い」と感じているなら、その正体は情報の非対称性かもしれない。

自分の立ち位置が見えない。相手の意図が見えない。全体の方向が見えない。その「見えなさ」が、不安を生み、承認欲求を駆動させ、防衛的な行動を引き起こしている。

そして、その霧は「誰かが悪い」から生まれているのではない。情報が流れる構造に、設計の抜けがあるだけだ。

設計者にできることは、その霧を少しずつ晴らしていくことだ。自分が持っている情報を、必要な人に渡す。見えていないことを、見えるようにする。それだけで、組織の中の不信感は驚くほど薄まる。

人を変えるのは難しい。でも、情報の流れを変えることは、今日からでもできる。


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この記事を書いた人

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石野 敬祐(Keisuke Ishino)
経営と人事の「かかりつけ医」/ Will&Nexus 代表

外資系コンサルからキャリアをスタートし、IT・業務改革コンサル、人事・組織コンサル、事業会社の人事責任者を経て独立。組織の問題のほとんどは領域の境界線にある——その確信から、経営・人事・業務・ITを横断しながら「センターピン(本当に倒すべき一手)」を見極める仕事をしている。

視界を失いかけた経験、長い介護の日々、自分のとらわれへの気づき——そうした経験が、見立ての精度と、誠実に関わるという姿勢をつくってきた。

趣味は一つに絞れない。歌、写真、ゲーム、麻雀、ボクササイズ……その時々の興味に引っ張られて、何がメインかは常に変わる。飽き性というより、好奇心が次の扉を先に開けてしまうタイプらしい。どんな領域でも「なぜこれはこう機能するのか」と考えてしまう癖は、仕事と地続きだと思っている。

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