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【Will&Nexus 33/49】その怒り、「定数」に向かっていませんか。

2026 2/19
Will&Nexus
2026-02-182026-02-19
Keisuke Ishino
目次

過去と他人に向かうエネルギー

人が消耗しているとき、そのエネルギーがどこに向かっているかを観察すると、面白いことに気づく。

過去か、他人か、そのどちらかに向かっていることが、驚くほど多い。

「あのとき、ああしていれば」。過去への後悔。 「なぜあの人は、こうしてくれないのか」。他人への不満。

気持ちはわかる。後悔も不満も、人として自然な感情だ。

でも、設計者の目で見ると、ここには明確なエネルギーの漏れがある。


定数と変数

物理学やプログラミングに、「定数」と「変数」という概念がある。

定数は、変えられないもの。決まってしまったもの。どれだけ力を加えても、値は変わらない。

変数は、変えられるもの。自分の選択や行動で、値を変えることができるもの。

人生に当てはめると、こうなる。

定数: 過去の出来事。他人の性格。他人の選択。生まれた環境。起きてしまった結果。

変数: 自分のこれからの選択。自分の行動。自分の解釈。自分の環境設計。

後悔とは、定数に力を加えようとしている状態だ。他人への不満も、定数に力を加えようとしている状態だ。

定数に力を加えても、値は変わらない。変わらないものに力を加えると、そのエネルギーはすべて摩擦として消える。 熱になって消えるだけで、何も動かない。


摩擦としてのエネルギー損失

このシリーズでは、不全を「エネルギーの摩擦」として描いてきた。

定数への執着は、その最もわかりやすい例だ。

たとえば、「あのプロジェクトで失敗した」という過去がある。その失敗を何度も反芻する。「ああすればよかった」「なぜあの判断をしてしまったのか」。この思考に費やされるエネルギーは、現在の仕事には一切使われていない。純粋な損失だ。

たとえば、「上司がわかってくれない」という不満がある。その不満を同僚に話す。家に帰ってからも考える。このエネルギーも、自分の人生を前に進めることには使われていない。

定数に向かうエネルギーは、すべて摩擦熱として失われる。 そして、その分だけ、変数に注げるエネルギーが減る。


「受け入れる」とは何か

「過去は変えられない」「他人は変えられない」。頭ではわかっている。でも、感情がついてこない。

そうだと思う。これは理屈の問題ではなく、感情の問題だ。

でも、一つだけ整理しておきたい。

「受け入れる」は、「肯定する」とは違う。

過去の失敗を受け入れるというのは、「あれでよかった」と思うことではない。他人の理不尽を受け入れるというのは、「あの人は正しい」と認めることではない。

受け入れるとは、「それは定数であり、今から力を加えても変わらない」という事実を認識することだ。

良いも悪いもない。ただ、「変えられない」という物理的な事実がある。それを認識した上で、残りのエネルギーを変数に集中させる。それだけのことだ。


変数に全振りする

定数を手放した瞬間、使えるエネルギーが増える。

今まで「あのときああしていれば」に使っていたエネルギーが、「これからどうするか」に使える。「なぜあの人は変わらないのか」に使っていたエネルギーが、「自分はどう動くか」に使える。

これは精神論ではない。エネルギーの配分の最適化だ。

人が一日に使えるエネルギーには限りがある。そのうちの何割を定数に費やし、何割を変数に投下しているか。この比率を意識するだけで、日々の生産性も精神的な健康も変わってくる。

ここで大事なのは、「変数」の中には自分の解釈も含まれるということだ。

過去の出来事そのものは定数だ。変えられない。でも、その出来事をどう解釈するかは変数だ。「あの失敗は無駄だった」と解釈するのも自由だし、「あの失敗があったからこそ、今の自分はこうなった」と解釈するのも自由だ。

事実は変えられない。でも、事実に与える意味は、自分で選べる。これも立派な変数だ。


定数のど真ん中にいた時間

僕自身、定数と変数の話を一番実感したのは、母の介護をしていた時期だった。

母は難病を患っていた。徐々に身体の自由が利かなくなり、最後は寝たきりに近い状態になった。病気は定数だ。治すことはできない。もとの状態には戻らない。

ある日、母から「私のためにあなたの人生を棒に振るようでつらい。私のことはいいから働いてほしい」と言われた。

母は母で、自分が息子の人生の「定数」になっていることを感じていたのだと思う。

正直に言えば、介護の期間中、「なぜ自分がこうならなければいけないのか」と思ったことはある。一人っ子だから頼れる兄弟もいない。それも定数だ。

でも、父の介護をほとんどできなかったことが小さな後悔として残っていた僕は、母のときは「やり切る」と決めていた。病気は変えられない。でも、「どう向き合うか」は自分で選べる。

母が亡くなったとき、悲しかったけれど、ショックは少なかった。やれることはすべてやった。そう思えた。

これが定数と変数の峻別だ。理屈で言えばシンプルだけど、渦中にいるときは本当に苦しい。それでも、「これは定数だ」と認識する瞬間があるだけで、使えるエネルギーの配分が変わる。


定数を愛でる

ここまで「定数にエネルギーを注ぐな」と書いてきたが、最後に一つだけ付け加えたい。

定数を手放すというのは、定数を嫌うことではない。

むしろ、定数を手放せたとき、初めて定数を穏やかに眺められるようになる。

過去の失敗を「変えなければ」と思っている間は、その記憶は苦痛でしかない。でも、「これは定数だ。もう変わらない」と認識した瞬間、その記憶は「データ」になる。次の設計のための情報になる。

他人の性格を「変えなければ」と思っている間は、その人はストレスの源でしかない。でも、「この人はこういう人だ」と認識した瞬間、その人の特性を活かす構造を設計できるようになる。

母の介護もそうだった。「変えられない」と受け入れた瞬間、母と穏やかに過ごせる時間が増えた。定数に抵抗している間は、目の前の母を見られていなかったのだと思う。

定数を受け入れた人は、定数を愛でることができる。 そしてその余裕が、変数に全力を注ぐための土台になる。

有限な人生の中で、変えられないものに力を使っている暇はない[※1]。

過去は定数。他人は定数。自分のこれからの選択だけが、変数だ。

そこに、持てるエネルギーのすべてを注ごう。


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この記事を書いた人

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石野 敬祐(Keisuke Ishino)
経営と人事の「かかりつけ医」/ Will&Nexus 代表

外資系コンサルからキャリアをスタートし、IT・業務改革コンサル、人事・組織コンサル、事業会社の人事責任者を経て独立。組織の問題のほとんどは領域の境界線にある——その確信から、経営・人事・業務・ITを横断しながら「センターピン(本当に倒すべき一手)」を見極める仕事をしている。

視界を失いかけた経験、長い介護の日々、自分のとらわれへの気づき——そうした経験が、見立ての精度と、誠実に関わるという姿勢をつくってきた。

趣味は一つに絞れない。歌、写真、ゲーム、麻雀、ボクササイズ……その時々の興味に引っ張られて、何がメインかは常に変わる。飽き性というより、好奇心が次の扉を先に開けてしまうタイプらしい。どんな領域でも「なぜこれはこう機能するのか」と考えてしまう癖は、仕事と地続きだと思っている。

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