石野 敬祐(Keisuke ISHINO)
経営と人事の「かかりつけ医」/ Will&Nexus 代表
外資系コンサルティングファームでキャリアをスタートし、IT・業務改革コンサルから人事・組織コンサルへ、そして事業会社の人事責任者へ。
その経験から見えてきたのが、組織の問題のほとんどは領域の境界線にある、ということ。経営・人事・業務・ITを横断しながら「センターピン(本当に倒すべき一手)」を見極める——それがWill&Nexusを立ち上げた動機になっている。
ただ、この仕事の核心にあるのはキャリアだけではない。視界を失いかけた経験、長い介護の日々、自分のとらわれに気づいた体験——そうした経験が、「見立て」の精度と「誠実に関わる」という姿勢をつくってきた。そのあたりの話を、以下に少し書いた。
さらに詳しい考え方については、49本の記事に書いたので、もし興味を持っていただけるなら合わせて読んでいただきたい。→ Will & Nexusシリーズを読む

手術室の前で、意識を失った
ある夜の飲み会でのこと。その場にいた人物に頭を強く叩かれた。翌朝、視界がおかしい。検査を受けると、網膜剥離と診断された。
手術は1週間後と告げられた。その間に予定していた沖縄への一人旅は、キャンセルする気にもなれずそのまま行った。天気のいい初夏だった。でも何もする気になれず、ベッドに寝転がって天井を眺めていた。視界を失うかもしれない、という事実がそこにあった。
手術当日、手術室に向かう直前に看護師が鎮静剤を打ちに来た。「少し気持ち悪いです」と答えた次の瞬間、目を開けると看護師が3人に増えていた。数分、意識を失っていたらしい。
死んだかと思った。
手術は無事に成功した。だが病院のベッドで、ぼんやりと考えていた。視界を失っていたかもしれない。五体満足にずっと生きられるとも限らない。
今日死ぬとしても、後悔のない仕事をしているか。
答えは、Noだった。
そこから、自分の時間を少しずつ選び直していった。
答えのない問いに向き合う
あるプロジェクトで、J-SOX法初年度対応の内部統制を担当した。
誰も正解を知らない。監査法人にも、社内にも、クライアントにも、答えがない。参照できる前例もない。
そんな中で、クライアントの担当者と一緒に、目的に向かって折り合いをつけながら形を作っていった。グループ会社を一人で回るようになり、担当者から直接相談が来るようになった。
正解のない状況でも、目的を見失わずに動けるかどうか。この経験が、仕事観の根っこにある。
誠実さを貫く
あるとき、大手企業から人事制度改定の相談が来た。金額規模でいえば4桁万円に及ぶ可能性のある案件だった。
ただ、私はこう提案した。「今はやるべきではない」と。
その企業はちょうど社長が交代したばかりで、方向性がまだ定まっていない。そのタイミングで人事制度を動かすのは、むしろリスクになる。人事制度は会社を活かすも殺すも左右する。だからこそ、今ではないと言い切った。
数ヶ月後、先方から言葉をいただいた。「おっしゃる通り、今ではないと判断しました。下手に動かなくてよかった」と。さらに、そのディスカッションと資料に対して、後から自発的に対価を支払いたいと申し出てくださった。
売上よりも、相手の本当の利益を優先する。そのことが仕事の信頼につながると、この経験で確信した。
言葉では知っていた、でも身体ではわかっていなかった
「他人と過去は変えられない」──頭ではずっと知っていた言葉だ。でも、それが身体の底まで染みたのは、長い介護を経てからのことだと思う。
母が難病を診断され、徐々に動けなくなっていく中で、最初は「何ができるか」で考えていた。仕事を辞め、食事・着替え・排泄の介助、夜中に呼ばれれば起き上がる。一人っ子として、できることをすべてやろうとしていた。
ただ、それは自分を追い込む構造でもあった。ある時、ケアマネジャーに言われた。「自分の時間も大切にしてください」と。
そこから少しずつ、「何ができるか」から「何を選ぶか」へと軸が動いていった。自分の心身のバランスを保ちながら、できる範囲で誠実に関わる。それ以上は選ばない。自分を過信しない、自分を犠牲にしない──その上でできることを全力でやる。
母を見送った後、「やり切った」という感覚があった。それは、すべてをやったからではなく、自分が選んだことに後悔がなかったから、だと今は思っている。
センターピンを捉える
「コンサルタントは企業のお医者さん。医者で一番大事なのは見立てだ」──新人研修で聞いたその言葉は、当時はまだ頭の中の話だった。
経験を重ねるほど、その実感が深まっていった。先に触れた内部統制の仕事でも、人事制度の案件でも、核心にあったのは同じことだった。依頼された課題をそのまま解くのではなく、その裏にある本質的な問いを探すこと。それが「見立て」だと思っている。
その確信が一段深まったのは、あるプログラムで自分の囚われに気づいたあとのことだ。「成果を出さねばならない」「他人の期待に応えなければならない」──そういうとらわれの中で動いていたと気づいた。そして数日後、万博で落合陽一のパビリオンを体験した。「記号を外した世界」という言葉が刺さった。
記号を外した自分らしさとは何か。思っていた以上に他人の目を気にしていた自分に気づき、問いを立て続けること、構造を捉えて個々人が輝く仕組みを作ることが、自分の本来やりたいことだと確信した。
趣味としてやってきた歌も、写真も、ボクササイズも、気がつけば「なぜこれはこう機能するのか」を考えている。どんな領域でも構造を理解したくなる癖は、たぶん仕事と地続きだ。
自分の根っこにある言葉
振り返ると、根っこにある言葉が二つある。
一つは、高校の校訓──「自己を尊重せよ、真理を探求せよ、社会に献身せよ」。もう一つは、大学で出会った恩師がくり返し口にしていた言葉──「バランスが大事」。
どちらも、意識して守ろうとしてきたわけではない。でも振り返ると、どこかそこに寄り添うように歩いてきた気がする。
自分を犠牲にしない。でも、目の前の人に誠実でいる。答えを急がない。でも、問いから逃げない。そのバランスの中で、これからも仕事をしていきたいと思っている。
略歴
慶應義塾大学理工学部情報工学科・同大学院 修士(工学)→ アクセンチュア → チェンジ → インテリジェンスHITO総研 / パーソル総研 → BBS → 楽天カー(管理部長)→ D&I 執行役員人事本部長 → Will&Nexus(2026年〜)
